~キモノがたり~Vol.4 「貴久樹」のものづくり
“作るもの”を決めるというより、
“作らないもの”を決めている
京都/貴久樹
きものプロデューサー 糸川千尋さん
「つくり手の息づかいさえも感じとれる
親密な空気をもつ、そんな手の仕事を纏う喜びを お届けしたい」
という理念のもと、ナチュラルでいて、繊細。
多くのきもの雑誌にも掲載され、きものファンに支持され続ける、
シンプルな中にも垢抜けた作品を生み出している糸川さんにお話を伺いました。
――糸川常務がモノづくりをするようになったきっかけは?
1999年に糸川家へお嫁にきまして、糸川さんというおうちが呉服を商う家業をされていたので、糸川家に入ってからお手伝いをするようになったことが、きっかけです。
義父である貴久樹の創業者糸川禎彦の薫陶を受け、ものづくりに携わるようになりました。
お嫁にくるまでは、なんと、お寺などのお庭から一般のお庭までを管理したりする造園のお仕事をしておりました。
――木を切るような?大がかりなことまで?意外ですね!
そうです(笑)木登りして(笑)木を切ったり、桂離宮とか御所の離宮庭園の管理などをしていました。
でも作ることって共通してまして、お庭を作るのもお着物を作るのもおんなじなんだなってね、思うんです。わたしが大事にしているのは素材と余白の作り方。お仕事をする上でそれは共通してあって、なので、造園の仕事での経験がかなり生かされていると思います
(右:糸川千尋さん 左:おしゃれ劇場スタッフ 溝井)
――ちなみに作品の制作はどちらで行われるのでしょうか?こちらでされるのでしょうか?
(わたしがお邪魔しているのは京都市内の貴久樹さんの事務所の一室)
わたしたちの着物と帯はインドとかインドネシアで染色したり織ったりすることが多いのですが、
この建物には事務所と図案をかいたりする部屋があるので、図案と配色等を日本で細かく打合せしてから、現地へ送って加工をしてもらっています。
――貴久樹といえば、風合い・質感・色柄など、貴久樹独特の特徴があると思うのですが、
何を大切にしながら、イメージしながら作品づくりをされているのでしょうか?
まずひとつは手仕事の一点ものという事を心掛けています。
刺繍にしても、染の更紗にしても全く同じものはできないですし、刺繍糸もその時々で染めて作っているので、手作り感やクラフト感は大事にしています。1シーズンの為に使う文の刺繍糸を染めているので、シーズンが変わると同じデザインでも糸が変わるので雰囲気が変わってまいりますね。
――その糸を染めるような場合、糸川さんが実際に現地に出向くこともあるのですか?
はい、参ります。こちらでの展示会もあるのでいけないこともあるのですが、向こうの現地へ行くことで違った新たな発想も生まれますし、なるべく行きたいと思っています。
インド・インドネシア・中国のローテーションで行ける国へ伺っております。
――中国というと、これもまた貴久樹さんといえば「刺繍」ですよね?
はい。蘇州の刺繍ですね。貴久樹は「ホワイトワーク」と呼ばれる、白地に白い糸で刺繍をする汕頭(スワトウ)刺繍を大事にしておりまして、蘇州での緻密な刺繍は私ども貴久樹にとって大事な手仕事の一つです。
――職人さんはどのくらいいらっしゃるのですか?
現在スワトウ刺繍は3人でしているので、年に数反ほどしか上がってきません。
蘇州刺繍は50~60人の職人さんにお願いしています。
年齢は平均すると60歳前後でしょうか…職人さんの高齢化がやはり進んできていますね。
更紗など、染めは30代半ばくらいの職人さんもいて、若い方も育ってきていますが、まだまだベテランの職人さんが支えて下さっていますね。
――貴久樹の代名詞といってもいい、「野蚕糸」を使用したきものを作っていらっしゃいますが、「野蚕糸」とは何ですか?
野蚕とはお家の中で飼育されるのではなくて、森の中で自生している蚕のことを指します。
真っ白い家蚕とは違って、桑の葉を食べるのではなくて、クヌギを食べたり、樫の葉を食べたりするんですけれど、
そうゆう食べ物によって、あるいは生育環境によって保護色になったりして、色が真っ白ではなくなるんですね。
その繭からできる糸はすごく光沢があり、外の環境で中の蚕を守っているのでとても丈夫なんですね。
もう一つの特徴としては丈夫なのにとっても軽いんです。
ただ、糸がとても細くて撮れる量も少ないので貴重なんですよ。
不通の家蚕の絹はなめらかでトロッとした触り心地ですよね。でも野蚕の絹はハリ感というかシャリ感があるのが特徴で、それが着心地の良さに繋がっているんですよね。
紬というのは紡ぎ糸を使いますが、貴久樹のタッサーシルクの場合、生糸を使うんだけれども、紬の様な糸のそのものの太細とか、素材感を際立たせるような特徴があり、他にはない風合いが楽しめると思います。
――本当に当店でも貴久樹さんのファンが多くいらっしゃって、いい意味で、
貴久樹さんのイメージって確立していてとってもわかりやすいというか、
お客様にお見せしていても、すぐに「あっ、貴久樹さんだ!」ってわかる作品が多いですよね。
それはどうしてなのでしょうか?
100%私が携わっているわけではないのですが、私がこうゆうものを作りたいなってところから始めて図案を作り、
納得のいく図案が出来るまで約1年くらいかかるんですよね。
それから配色を決めます。配色もモノトーンだけではなくカラフルなものをつくることもありますが、
その何色かある色の分量の配合にもこだわりがあるのでかなり時間がかかってしまうんですよね。
自分が作ったものは、我が子みたいに思えるくらいまで。売れ残ったら私が着る!と思えるくらいまで。
そのくらい突き詰めないとGOをださないようにしています。
なので、作るもの決めているというより、作らないものを決めている、というのが貴久樹のものづくりかもしれませんね。
古典柄からシンプルな素材感のものまで作っていますが、「なんでもある感じ」ではないんですね。
わたしのフィルターを通っているから、世界観がみなさんに伝わるのかなと思いますね。
貴久樹のものが好きな方は、雑誌など見ていても「あ、いいな」と思ったら貴久樹だった、なんておっしゃっていただくことが多くて、とても嬉しいです。
貴久樹のものをいいなと思って頂く方って、みんな類友って思っていて、好きなものが一緒の方たちだなって思うんです。
――ありがとうございます。
では最後に、糸川さんが我が子のように愛情をかけて作った作品を、どのような方に着てもらいたいですか?
貴久樹のお着物ってすごく幅広くて、同じアイテムを十代から八十代まで着れると思っているんですよね。
年を重ねたから落ち着いた色にしようとか、こんなの派手だからあと何年かしか着られないわとか、
そういう既成概念をみなさんになくしてほしいと思っていて、
そういうのを一緒にチャレンジしていただけるお客様に着てほしいなって思います。
貴久樹の作品が、いくつになっても、年相応とかじゃなくって、好きなものを追いかけるような、お客様が楽しんできていただけるようなきものや帯であるといいなと思っています。