”きものを着るということは
平和でなければならないということ”
東京友禅 染色作家 成瀬優
1954年7月20日長野県松本生まれ。
20代前半は小劇場で美術製作、その後テレビCMの撮影プロダクションでの制作活動を経て、
早稲田大学卒業後、25歳の時に東京新宿の友禅工房の伝統工芸士水野保氏に弟子入り。
10年半の修行ののち、1990年4月に独立。
今年5月に東京日本橋で開催された「東京キモノショー」にて、先生にインタビューさせていただきました。
成瀬先生の作品製作は東京の西、桧原村という山奥で行われる。
昨年当店での展示会の際に写真を見せてもらったのですが、なかなか本格的な山のようです。
「なるべくなら山に長く居たいんです。」
作品制作の場所をたずねると、先生はにこにこしながらそういった。
陶芸家の友達のそのまた友達から、東京の山奥、桧原村という田舎の山を手に入れまして
そこを自身で開拓し、山の工房を建て25年。
大きい作品の製作はこの山にこもって染色をしている。
本当は週に1度山の工房へ行きたいのはやまやまだけど、展示会もあるし、もう何年も休みなく活動しているので、寝る間を惜しんで夜中に移動してはモノづくりをしています。
新宿の工房での染色もあるので…実際は山にそう長く居られないんです。
実は畑も作ったのでその畑仕事もあるんですよね。
なのでその時間もないので夜中に炭鉱で使うようなヘッドライトをつけて作業してますよ(笑)
○きもの一反を作るのにはどのくらいの日数?
ちょっと染めては乾かして、他を染めて、というふうに並行して物作りをしているので、これだけをやり続けているわけではないんですけど、最短だと半月~ひと月です。生地の設計からだと何年がかりって感じです。
スタッフは私を含め2名です。それとたまに外部スタッフ1名(現在は独立)で制作活動をしています。
○成瀬先生といえばライフワークとしているのがこのディープブルーの世界感ですが、どうやってこの深い青を出しているのでしょうか?
ディープブルーの世界。ブルーと一口に言いましても、青、蒼、碧、ウルトラマリン、プルシャン、セルリアン、ターキッシュ(ターコイズ)、ラピスラズリ、シアン、コバルト、インディゴ等々、神秘的なイメージが拡がります。私たちのめが認識できる光の範囲は、赤外線と紫外線に挟まれた領域の訳ですが、そのうち紫外線にもっとも近い、可視光線の中で最も強いエネルギーを持つ色がブルーなのです。晴れた空の色は青色光が赤色光よりも散乱しやすいという理由で、また海の色は青以外の色は海水に吸収されてしまい、青だけが海面で反射されるという理由で、人間の目には青く見えるのだそうです。このように日常的にブルーに囲まれ、私はブルーに魅せられたのでしょう。
絹用の引染に使うブルーの染料は世界で2社しか作っていないんですよね。手染めの絹物は着物以外ではほとんど需要がないので作られなくなっているわけです。ですがこれが手ごわい染料で暴れるんです(笑)非常に扱いが難しい。なので山の工房のような、誰にも迷惑をかけずに自由に製作しているんです。
○そして、対照的にちょっとグレイッシュでスモーキーな、儚い色で江戸好みの100色無地も制作されていますが…
これは私自身が大和撫子たちに纏っていただきたいと思う百の色です。
地紋も定番の古典文様に加え、辻が花、正倉院、更紗、音楽(ベートーヴェンの月光の曲が織り込まれています)、薔薇、クリムト等々に加え、2018年は万華鏡、月とクリムト、カラースケッチ、仮面舞踏会といった新柄も制作として発表しております。
○東京キモノショーの会場の正面に「フクシマ連作」という先生の大きな作品が飾ってあり、福島から来た私もとても驚いたのですが、これはどのような作品なんですか?
キモノの染色とは違うんですけど、工房の願いも大切にしているんです。
きものを着るということ。
落ち着いた日常が安定していなければ、きっと、きものを着ようなんてことにはならないと思うんですよね。
きものを着るということは平和でなければならないということ。
昔のように日常着としての木綿のような着物だったらちょっと違うけど、今は日常着というよりは晴れの日であるとか、ちょっとおしゃれをするために着物を着る。
そうすると、何より平和でなければ着物を着ようなんて言ってられないですよね。平和で落ち着いた空間や日常であるように…と、ぼくの願いの象徴がこの福島のことだと思う。
そしてその空間に導いてくれるのが着物や呉服屋さんであってほしい、という願いなんです。
そしてその呉服屋さんにいいものを提供するのがぼくら作り手の役割であると考えています。その気持ちで、普段から弟子たちと作品作りをしています。
◆フクシマ連作より
「3.11あの日の野馬追い」
「みんな見ている」
「フクシマ-トウキョウ」